『毎日HAPPYに』を合言葉に(?)いつもの簡単晩ご飯や、いつもの手作りパン、いつもの手作りお菓子。毎日のlifeスタイルを写真付きでご紹介中。(。ゝω・)σ !

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春ですね。もうすぐ・・・。

2006-04-02 (Sun) [ 編集 ]

3年前の息子と娘の様子。
2人揃ってかっこいい(?)ポーズ。


もうスグ、じぃの命日なのです。

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3年前の春に、ワタシの父親が癌で亡くなりました。

当時、息子は6歳。娘は2歳。
2年ほど入退院を繰り前していたじぃちゃんだったので、
2人とも、じぃちゃんが死んでしまうということを、あまり理解できず、
いつもと変わらぬ二人でした。

 

じぃちゃんの癌が末期になってから、あと3ヶ月の命でしょうと言われ、
それから8ヶ月、がんばって生きていることが出来ました。
抗がん剤の効果ももう期待できず、食事もとることも出来ず
モルヒネと点滴だけで何ヶ月も隔離されてがんばっていたのです。

3年前のちょうど今頃、もう後数日だろうと、残りの数日を家族で過ごせるように配慮してくれて
医師の判断で緩和ケア病棟がある病院に 転院することになりました。

転院先は、まるでホテルのような病棟で、日当たりも良く、各室にテラスが付いてあり
そこから池が見渡せて、とても気持ちのいい病室でした。

長い間、ベッドの上だけで生きていたので、窓から差し込む日差しが気持ちよかったようで、
かすれた声で

「外が見たい。」

と言ったじぃちゃん。
ベッドを上げて座らせて、窓を開け放して外気を入れると、

「気持ちいいなぁ。」

とつぶやきました。

その後、また何か言ったのですが聞き取れず、聞き返すと、

「プリンが食べてみたい。今日は何か食べれそうや。」

と言ったのです。
もう何ヶ月も水も何も口にしてなかったし、そうなる前は少しでも胃に入ると
吐いてしまっていたのです。
また吐いてしまうかもしれないけど、プリンを買いにいき、スプーンで口に入れてあげました。
元気だった時は、甘いものは好きではなかったので、自分から食べるなんて事はない人でした。
口に少しだけ入れたプリンを味わうようにして飲み込んで

「あぁ~・・・美味しいなぁ~・・・」

と、かすれた声で言っていました。
これが、父親が人生で最後にたった一口だけ食べたモノでした。

その後、私と母親が担当医に呼ばれ、
「今から、深い眠りにつきます」と言う説明を受けました。
今以上のモルヒネを投与することが出来ないので、ひどい苦しみから助けてあげるために
眠りに付かせるのだが、息を引き取るわけではありませんと。

横で、母親が鼻をぐちゅぐちゅさせて泣いていました。
本人が楽になるのなら・・・と、家族の了承の為のサインをしました。

点滴から薬の投与が始まり、ますます朦朧となってくるじぃちゃん。

ちょうどその頃、私の旦那がお見舞いに駆けつけて来てくれ、
じぃちゃんに、旦那が来たことを話すと、起こしてくれと言いました。
ベッドを起こし、なんとか座らせても、もう目も開けることが出来ない状態。
それでも、やっとのことで座って旦那に向かって手を差し出す仕草をしました。
旦那が近づくと、

「娘を頼むな。」

と言いました。
旦那が「安心してください」と言うと、首をかすかに動かせてうなずく父親。
何歳になっても、やっぱり親はいつまでも親なんだと、その時すごく思いました。
私は 泣くのが恥ずかしかったけど、止まらなかったのです。

その頃、子供たちは2人とも服を着るのを嫌がる子で、病院で泊り込みで付いていた時も、
スグにズボンを脱いでしまって、パンツやオムツのまま病院の中を走り回っていたのです。
何度か、看護士さんに注意されてしまいました。
それでも、無理やり履かそうとすると、大きな声で泣き叫ぶのでそれも、かえって迷惑(;--)
仕方なく、実家の家に子供を連れて戻ってました。
何かあったら母親が連絡をくれると言うことで。

それから、3日間ほどして、4月のはじめに、息を引き取りました。
最後の時、ワタシは立ち会うことが出来ませんでした。
家で待機していて、連絡があってから病院に子供を連れて行った時には
もう心臓が止まった後でした。
最後に立ち会えなかった事が今でも心残り。
もしも今なら、子供たちもちゃんとしてくれたと思うのに。
いまさらそんなこと考えてもどうしようもないけど、去年もおととしも、この季節になると
同じことを考えるのです。

 

なんか長々と綴ってしまいましたね。(´・ω・`;A)
この季節になると思い出すので・・・。
独り言だと思って読み流してください。^^;

 


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コメント

strawberrypoohさんへ♪

はじめまして(^^)
strawberrypoohさんはまだまだ若いのに、
お母さんを亡くされて、本当に辛かったでしょうね。
まだまだ先の長いこれからの人生で一番頼りたい人を亡くしてしまうなんて。
でも、そうやって前向きにかんばろうとしているところがとってもエライよ!
これからいろんなことを経験して辛い事や厳しい状況に遭遇するかもしれないけど、
その前向きな気持ちでがんばってね!
いつも気持ちを前向きに気持ちをコントロールできたらきっと幸せになれると思います。


ワタシも、子供の頃からお菓子作りが大好き♪
嫌な事なんかがあったらお菓子を作って心を和ませているんですよ(笑)
同じ趣味を持っているもの同士だし、また是非来てね♪
(。ゝω・)σ

こんばんわ★
はじめまして!!
私はお菓子を作ることと、お料理が大好きな学生です。
初めて来させていただきましたが、クッキーとかめっちゃかわいくてココロ惹かれました~☆★
私もこの話を見て泣いてしまいました。
私も母親をなくしているので同じような事を感じていて、後悔もたくさんあります。
だから余計に泣けてしまいました。
後悔していても仕方ないから前に進むしかないのだけれどやっぱりイロイロ思うことはあります。今自分にできることを精一杯頑張って、応援してもらえるように頑張らなくっちゃいけませんね(><)g”
また遊びに来させてくださいねぇ~!!

YOMEちゃんへ♪

ありがとう♪
YOMEちゃんはいつも優しい言葉を掛けてくれるね。
とてもうれしいです。
いつも優しい料理を作れるYOMEちゃんは本当に優しい人なんだよ。
YOMEちゃんみたいに料理上手な優しい娘がいるから両親も家族も
きっと幸せに思ってると思うよ。(*^^*)
いつもありがとう♪


--------------------------------


るん母ちゃんへ♪

たくさんの丁寧なコメントありがとう。
同じ気持ちを経験して共鳴できてうれしいよ。
人の命がなくなる経過を見ていくのは本当に辛いよね。
るん母ちゃんが大好きだったおじいちゃんも、一生懸命がんばっていたんだね。
最後の時、おじいちゃんもるん母ちゃんや家族のみんなに会いたかったんだろうね。
全員が集まるまで何とかがんばって、苦しいのに最後まで生きようとした生命力はすごい立派。
その時のおじいちゃんの気持ちを考えると切なくなるよ。
でも、最後まで生きようとがんばって、親族のみんなに看取られて息を引き取ったおじいちゃんは大往生やね。今は安らかにどこかでるん母ちゃんの幸せを見守ってくれているかもね!
るん母ちゃんも、優しい言葉をありがとう♪


----------------------------------


めるさんへ♪

そんな風に言ってもらってうれしいです。
本当にありがとう♪
いつもキレイな風景を撮ってるでしょ。
私もね、写真が好きだから、写真って心の中が表れると思います。
きれいな写真を取れるのは感受性が豊かで
心の中がキレイな人じゃないとなかなか撮れないんじゃないかな~って。
いつもすごく心が癒される写真を取れる人ってとても優しい人なんだろうなってね♪
こんなとこで言うのもわざとらしくて変だけど(笑)
めるさんの所で書き込んでもおだててるみたいだし^^;
話がそれちゃいましたが、優しい言葉をありがとう♪


--------------------------------------


琴ちんへ♪

そっか~。琴ちんのお父さんは突然に亡くなったんやね・・・。
それもすごく辛いよねぇ~・・・
ホント、どっちにしても家族や周りの人が亡くなるのは悲しいなぁ~
見てるほうも辛いし、死んでいく方もすごく悲しいやろうね。
家族にも長生きしてもらいたいし、自分も家族の為にも少しでも長生きしたいねぇー。
優しい心遣いありがとう♪


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しのっちへ♪

優しい言葉をありがとね♪
しのっちも今のうちにい~っぱい両親に孝行してあげてね♪
私は特に何も出来なかったから、悪かったな~っと思ってるの。
元気な時は、そのうちに!なんて思ってたけど、そのうちはなかった^^;
でも、親孝行って難しいよね。一体どういうのが親孝行なんだろうか・・・
奥が深いよ。親孝行。


-----------------------------------------


ちゅまさんへ♪

一緒に泣いてくれてありがとう。
私が思春期の頃なんかは、オヤジ鬱陶しい!と思ってたのよー。^^;
すごく厳しい父親だったから、反抗する事も出来なかったし、
『いなかったらいいのに』なんて思ってたこともある。
でも、だんだん私も成長してきて、社会人になって結婚して。
父親の頼もしさを理解できるようになったかな。
孫が出来てからの人が変わったような可愛がり様にもびっくりしたし(笑)
自分の子供はきっちり厳しく育てるって言うのがあの人の教育方針だったんだろうな。
孫には本当に甘いどこにでもいる優しいおじいちゃんだったから。(笑)
そういう姿を思い出すと、今になって有難いやら悲しいやら・・・。
20年くらいタイムスリップして、私自身に教えてあげたいな。(笑)


私も泣いちゃったよお(;_:)。
cyamaさんの当時の気持ちを思ってと、
今は健在である自分の父とのいつかを思って・・・。
プリン作ってる度に思い出しそうだね~。
3年って、多分ついこの前のことなんだろうなあ。
まだまだ涙腺ゆるいだろうな~。
切ないなあ~。

でもでもとてもいい親子関係がみえました。
お母さんを大切にね!!

#うずまきクッキー、ホントざらめがおいしそう♪

こんちは♪
おおゥ、涙が出ちゃったよ。
しのっちは親はまだ健在なんだが、じいちゃん2人とも癌で亡くしたの・・。
そして、旦那さんの父親も癌闘病をしていたので癌って結構身近に感じてる・・。
でも本当に丁寧な最後の暮らしをしていたし、みんなに囲まれてお父さんも幸せを感じていただろうね・・。しのっちも、もしそうゆう立場になった時はcyamaチンのようにしてあげたい・・と思いました☆

黒ゴマクッキーの更新でレシブロから、来たら、こっちのも見つけて...
うちの父親も9年前に脳出血で倒れて意識なくh一言もなく、たった4日で亡くなりました。
旦那の父は7年前に癌で亡くなりました。
闘病生活も、突然死もどっちも辛いね。
みんな、親はいつまでも元気って錯覚おこすもんなぁ~っ
って今、あたしらも親の立場やねんけど~。
親にも子供にもいつでも、精一杯でいやんなあかんなぁ~って思うわぁっ
Cymaチンが思い出すたびにお父さんは幸せやと思うよ~っ!!

cyamaさん、おじいさんは、本当に素敵な娘さん、そして、お孫さんに囲まれ、幸せだったことと思います。
読んでいて涙が止まりませんでした・・・
桜の綺麗な頃に永眠されたのですね。

きっと大きくなったお孫さんのこと、今でも笑顔で見守ってくれていることでしょうね。

PS.↓バナナブレッド・・TBありがとうございましたっ!!
cyamaさんのブレッドの方がオシャレで美味しそう☆
めるもバナナを入れてつくってみますね☆

cyamaっち、おはよう!
今日は素敵な、そして切ないお話をどうもありがとう。
今涙を流しながらコメントしています。おぉ、曇るぜ・・・。
私は私の祖父ですが、大好きで大好きで毎日一緒にいたじいちゃんが4年前に癌で亡くなりました。
癌ってなんであんなに人を苦しめるんだろうとほんと呪いたくなるほどでした。
うちは3ヶ月入院して退院、再入院して2ヶ月で退院、そして自宅療養して4ヶ月後自宅で息を引き取りました。
高齢だったのに、進行が早かったみたいです。最後はモルヒネを打ってましたが、朦朧とする中で死と戦っているのか、幻覚を見てあばれたり、冷たい湯船に入っちゃったり、看護してる祖母が大変でした。
その時にはもう私は遠く離れた福岡に住んでおり、月1回しか行くことが出来ず、会うたびに痩せこけて行き、覇気がなくなっている祖父を見るのは辛かったです。
幸い祖父は食べることは大好きだったからか、亡くなる2日前の朝食でバナナを口にした後、眠ったかのようにうつむいてバナナがコロンと口から落ち、意識がなくなりました。こんな状態でも食べれてたことが信じられないとお医者様に言われたくらいです。
危篤の連絡が入ってからすぐ飛行機で駆けつけましたが、私、兄、家族全員が間に合ってから2時間後に亡くなりました。
最後まで必死に生きようとして、既に瞳孔が開いている状態で頑張っている祖父に、もう頑張らなくて良いよと言ったのを覚えてます。人が旅立っていく様をマジマジと見たのはこれが初めてで、すごく悲しくすごく心に残りました。
cyamaさんも最愛のお父様、最愛のおじいちゃんが亡くなって3年ですか。
可愛い孫と素敵な息子(旦那)さん、そして家族に囲まれて幸せだったでしょうね。
ご冥福をお祈りいたします。
長々と書いてしまってごめんなさい。

追伸)写真で拝見する病院、とっても素敵ですね~

お父さん、こんな素敵な娘がいて、かわしい孫がいて、とても幸せだったね。
最後病院に行けなかったとしても、キット「お父さんから会いに来てくれてたね。
娘に買ってきてもらったプリンおいしかっただろうな。

まだ親とのお別れを知らないYOMEだけど、
ちゃまちゃんみたいに丁寧に暮らしていこうと思ったよ。

jukaikoちん!
がははは!まるでチャット状態(笑)
レッドくん、このクセ直るかな~^^;

レッド~
後 数年で犯罪だぞ(爆)

jukaikoちん♪
ほんま長かった~色々と・・・。
兄貴・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(;--)
うん。やめとこ。(笑)

で、パンツ一丁は、もちろん同じ血が流れてるので、まったく同じ!!!
(ノ◇≦。)ビェーン!!
しかも、今でも!(爆)
2人とも家に入るとスグに脱ぐよ~^^;
友達が来ててもね♪(爆)

もうあれから3年…
いろいろ大変だったもんね~(;--)
その後もイロイロ…
最近 兄上とはいかがなのかしら…
まぁ…やめとこ こんな話。
*
ところで~
レッドのパンツ一丁は有名やけど(笑)
姫まで…だったのね~^^;
まさか!?今も!?

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ダンナ一人と、
息子一人、娘一人の
4人家族です。

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いつもありがとうございます。
ヽ(*^(エ)^*)ノ
コメントへのお返事は時間のあるときに書かせていただきますので、少々お時間がかかることがあります。どうぞお許しくださいませ。

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