『毎日HAPPYに』を合言葉に(?)いつもの簡単晩ご飯や、いつもの手作りパン、いつもの手作りお菓子。毎日のlifeスタイルを写真付きでご紹介中。(。ゝω・)σ !

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不幸と幸せは紙一重?!

2010-05-19 (Wed) [ 編集 ]
え~っと・・・。
何から書こうかな。

実は私というかMYファミリーは、昨年の年末から不幸の連続だったのです。


話は少し前にさかのぼります・・・

いつも体調が悪く『膠原病』という病気で入院退院を繰り返していた
旦那のお母さん。

私たち夫婦のそれぞれの実家の近くに住もうと、大阪に引っ越してきた私たち一家。
お互いの実家のちょうど中間地点に住んでいます。

ここに住んでからというもの、週の真ん中は私の母と過ごし、
毎週のように週末は旦那のじぃ&ばぁと一緒に過ごして、
毎週末は一緒に楽しく外食をするのが当たり前になってました。

昨年11月中頃のある日。
日ごろから小食で、だけどビールが大好きな旦那のお母さんが
食事の時に1杯のビールも飲みきれないほど胃のあたりがパンパンに張れていたのです。

でも、みんなんで楽しく食事に行きたいとお母さんも言ってくれているし、
一緒に、近くのよく行くお店に行って過ごし
私たちは美味しく食事をするものの、
お母さんはビールを半分ほど飲んだだけ。
でもその後は、お店の前のコンビニに寄って、
子供たちに「何でもいいから好きなもの全部買いや(^^)」と。

喜ぶ二人の子供たち。
ほんとに大好きなもの片っ端からかごに入れて、
なんとコンビニでの買い物合計が¥6800程でした(・・;)

「いいねん!いいねん!喜んでほしいねん!」
と苦しいおなかを押さえながら言っているお母さん。

その後、腫れたおなかを包み込むように抱えながら
よたよたと歩いて家に帰り、そのまま寝込む。

それから2日後、夜中にトイレで倒れたお母さん。

緊急で入院し、延命治療も虚しく、2週間で息を引き取りました。
直接の死因は「腸の壊死」などだったようで、
血液中に毒素が回り、皮下出血もひどく、
皮膚の表面に大きな血の水ぶくれが沢山出来てそれが擦り切れて多量に出血していました。

でも、抵抗力が極端にない状態でなんの手術もする事も出来ず
静かに眠るように・・・。
それが12月5日の事。

その後、遺体になったお母さんを自宅に一度連れて帰って、
一晩みんなで一緒に過ごした。

するとキララ(チワワ)が冷たくなった、『ばぁ』(おばあちゃん)の首に巻きついて離れない。
舐めれば治ると思うのか、ずっと顔をペロペロペロペロ。
他の人が近づこうとすると、牙を出して吠えて威嚇する。
誰も一歩も近づけない!って剣幕で。
こんな様子のキララを見るのは初めてだった。
いつもは気弱で、うるんだ眼をしてぶるぶる震えているのに。(・・;)

犬でもやっぱり何か感じ取るものがあるんだな~と思いました。

翌朝、葬儀場の人が遺体を引き取りに来た時には、
遺体を守ろうと飛び掛かるキララ。
仕方なく、キララを布にくるんで捕まえて抱きかかえていると
聞いた事もないような、悲しい鳴き声で「キュイ~ンキュィ~ン」と
泣き続けていました。
まるでお別れの時が分かっているようだった。

一番悲しんでいたのはやっぱりお父さん。
そして息子である旦那。
深い悲しみの中、葬儀など一通り終えたけど、
やっぱり、ぽっかりした心の穴がある感じ。
寂しくてしょうがない。

それでも、残された人間はしっかり生きて行かなくちゃ!
葬儀後の色々な役所関係の手続きをお父さんと一緒に行って済ませ、
旦那は看護期間も含めて、10日ほどの休みをもらっていたのですが、
12月半ばに、ひと段落がついたところで仕事に復帰しました。



そして12月の年の瀬が近づいて来た頃。

12月22日は子供たちの終業式。
明日から冬休み!

子供たちを学校に送り出した後、仕事に行く準備をする私。
毎朝9時ちょっと過ぎに家をでる。

その日も同じような段取りで支度をしていると、
8時45分ごろ自宅電話が鳴った。



プルルルルルルルル プルルルルルルルル プルルルルルルルル


こんな時間になんだ???

と思いながら受話器を耳に当てると、聞き慣れない女の人の声。


「ご主人が事故に遭われて○○○○○病院に搬送されました。
 今すぐ家族の方に来ていただきたいんですが、奥さまは来れますか!?」


一気に喋られて、頭の中が硬直状態で理解が・・・

「どういう事ですか!?なんの事故ですか!?」と聞くと


「とにかく、スグに来てください!電話番号を言っておきます!
 000-0000-0000です。ついたら連絡してください」

電話を切って焦ってきた。
するとまた電話が鳴る。


「○○建設の○○です。ご主人が事故に遭われたので、スグに来てください」

会社関係の人からの連絡。

これはアカン!!!マジ!!ホンマや!!!!!(◎_◎)

行き先などを聞いて電話を切る。
ちょうど出掛けるための支度をしていたから、今すぐに出れる。
でも、行き先はここから車で高速道路を使って2時間はかかる。

だんだん焦ってくる。

どんな状態なのかさっぱりわからないくて、電話相手に聞いても

「わからない」と言うだけだし。


そうこうしているとまた電話。

今度は仕事現場の人から。
「ご主人が・・・・・・・・・」同じような事を又。

でも、この人の情報は

「ご主人はまだ意識があって、奥さんの携帯番号を教えてくれました。
 この時間ならまだ家にいるけど、もう何分かで仕事に出てしまうから
 スグにかけてくれと言われました」と。

そうか!よかった!そこまでしっかり意識はあるんだ!!(>。<;

慌てて車を出し、いざ遠くの病院へ!!!=3

でも、あいにくこの日は年末近くて、しかも休み前の日。
道路はすごい渋滞。
結局病院に着くのに3時間半かかりました。

着くなり看護師さんが「遅いです!!」と怒っていた。
急いでICUにつれて行かれて、ご対面させてくれました。


その姿を見て愕然・・・・・・・・・・・・・。


裸にされて、いろんなチューブにつながれて心臓からもチューブが出ていて
チューブの先のタンクに真っ赤な血がたっぷり溜まってる。
反対側の脇にも同じような太いチューブ。やっぱりその先にもタンクに血が。

おまけに口にも大きなチューブが突き刺さってあって
全身が痛いのか、大きくぶるぶる震えて悶えている。
どうやら人工呼吸らしい。

「先に承諾書にサインをしていただかないと、ご主人に麻酔ができません」

と言われ何枚もサインを書きました。

私が来るまでの間、このサインができなかったので3時間半もの間
ずっと麻酔できずに苦しんでいたのか・・・・。


スグに麻酔各種が体内に入ってゆき、す~っと体が静かになっていった。

担当医の先生が状態をお話してくれたのですが、

大きな大きな鉄骨に挟まれ、肋骨12本と鎖骨が折れ、それが肺などに突き刺さり
肺がぐちゃぐちゃにつぶれてしまい、血液が心臓に逆流し、
心臓も膨張していてとても危険な状態だと。

でも、
命を救えるよう、できるだけの治療を行うので安心してくださいと
やさしい笑顔で話してくれました。

あの笑顔のおかげで、私はあの時、とりみだす事もなく冷静にいる事が出来ました。
あの時、もし、もう見込みがないなんて言われていたらどうなっていたかな。
その後の頑張りも全然違ったと思う。
とてもいい先生に出会えて良かったと思います。



この続きはまた次の更新で・・・・

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*cyama*

*cyama*

ダンナ一人と、
息子一人、娘一人の
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